社長が上か、ヒラトリが上か

2024/10/28

社長よりも、ただの取締役のほうが偉いの?

社員全員と親しくなれないくらいに大きな会社には、組織図があります。ほとんどの上場企業も組織図を公開しています。たいていの人は、自分の部があるのを確認したり関係しそうな部を探すくらいでしょう。組織図をよく見ると、一番上には株主総会があります。その下に取締役会、そのさらに下に社長がいます。伝説の経営者・故松下幸之助氏は、お客様第一主義をかかげ、一番上にお客様を置いて、株主総会を一番下に置きました。この考えに共感してか、今でも上下をひっくり返した組織図を使っている会社もあります。どちらの図でも図の上下がさかさまなだけで、実際の業務運営における上下関係は変わりません。

あまり深く考えないで会社にいた場合、少し違和感を感じるかもしれません。株主総会のすぐ下に、取締役会が、そして社長がその下にいるからです。

デキる社員が出世して本部長とかになれたとしたら、つぎの階段を上ると取締役になります。代表取締役でもなく、専務とか常務とかもつかない、ただの取締役のことは平(ひら)の取締役ということでヒラトリ、なんて呼んだりします。いずれにしても、社長の部下です。間に副社長とか専務とかが入って、直属の部下でないケースもあるでしょうが、少なくとも社長のすぐ間近の部下です。部下というのは指示に従うという意味です。この取締役は、社長の指示に従い、自分が管轄する部長とかに指示を出したりします。その取締役が社長より上にいる?

よく見ると、「取締役」ではなくて「取締役会」ですね。確かに、定期的に取締役会が開催されます。取締役会は、取締役とか監査役とかが集まって、事業をどのように進めるかを話し合います。話し合った結果は議事録とかに残します。公式な業務執行機関という感じでしょうか。他人の管轄範囲に口を出して揉めてもつまらないので、それぞれの取締役は、自分の管轄範囲が社長の意思をどのように反映してどのくらいうまくいっているかをアピールします。社長からいろいろな質問が出たときに、きちんと答えられないと、社長にニラまれて、次の出世が止まってしまったり、関連会社に飛ばされたりするので、毎回準備には余念がありません…

答えから先にお伝えしましょう。これは印刷ミスでもなんでもありません。取締役会は、そもそも社長の業務執行を取り締まるためのものなのです。あなたの会社の取締役は、社長をきちんと取り締まっているでしょうか?もしかしたら逆に社長に取り締まられているのではないですか?

「おかしいじゃねえか、議長は俺だ!」

1982年、当時の三越代表取締役社長のO氏は、自身に従わない幹部を次々に左遷する一方、「女帝」と呼ばれた自身の愛人に経営を任せるなどの一連の行為が問題視されていました。そして当時の株主の多くが所属する三井グループから、辞任するよう促されたのです。O氏は、これを拒否しましたが、1982年9月22日の取締役会で、予定されていた一連の議事が処理された後、O氏の代表取締役の解任案が突如として議題に挙げられました。そしてあらかじめ株主たちと話をつけていた取締役が全員賛成したため、解任はそのまま可決されたのです。O氏は「おかしいじゃねえか、議長は俺だ!」と叫んで猛反発したといいます。しかし、取締役会の合意があるのですから、代表取締役の解任は有効です。O氏はその場で取締役に降格されたのです。弁護士が解任手続きの合法性を確認した後にO氏が叫んだ「なぜだ!」という言葉はその年の流行語となりました。その後、O氏は背任で起訴され、高裁で実刑3年となりました(上告中に死去)。

この事件は、株主と取締役の対話の重要性、株主の利益を守るために取締役が経営を監視する役割を象徴する事件だといえます。また、解任案に対して「おかしいじゃねえか」と返すというような感覚で代表取締役という役職を務めていたことに、時代を感じます。O氏は1972年から三越の社長を務め、「天皇」と呼ばれていたといいます。もしかすると三越という会社は自身が自由にできる組織であると考え、自身が取締役を通じて株主に監視されている立場であることを理解していなかったのかもしれません。

株式会社の仕組み

株式会社が生まれたのは1600年の東インド会社の頃だといわれています。以来、長い年月を経て磨かれてきた株式会社のしくみでは、株式会社の所有者を株主としています。そして経営者は株主の意思に沿って経営を進めることを求めています。この点は極めてはっきりしています。合併などのような重要な意思決定は、株主が直接行います。株主は、「取締役」を決めます。次に株主に指名された取締役がお互いのなかから、「代表取締役」を決めます。そして日常の業務は代表取締役が会社を代表して、実行していきます。取締役会の一番本質的な役割は、代表取締役の業務執行を見張り、三越で実行されたように、必要に応じて交代させることにあります。この一見複雑な仕組みを貫徹させることが、企業の発展、さらには経済の発展につながっていくことが、歴史を通して証明されてきているのです。

中学校の公民の教科書を見るまでもなく、株式会社は、株主が出資するところからスタートします。小さい会社では株主がそのまま社長になったりすることもありますが、上場会社では上場維持基準に株主数(150名とか、市場によって異なります)が一定以上必要なこともあり、100%の株を持った社長はいません。誰か別の人の出資を受け入れています。株主が出資した資本金は借金とは違います。利益が出れば配当を払う必要はありますが、出資者に返済する必要のないお金です。そんなお金を株主はなぜ出資した(株を買った)かと言えば、その出資金がきちんと使われて、配当を生んだり、会社の純資産を増やしてくれることを期待しているからです。

ところで社長が、この出資されたお金・資本金を真面目に使わずに、自分のために使って遊びほうけていたらどうなるでしょう?社長が楽しい時間を過ごしただけで株主のお金はなくなってしまい、配当などは望むべくもなくなってしまうでしょう。これでは出資の意味がありません。だからといって、株主が一々集まって、すべての業務を進めていくわけにもいきません。どうにかして、社長を任命したうえで、その社長が真面目に業務に取り組むようにするしかないのです。

株式会社では、常にこのように、いかに経営陣の行動を「取り締ま」って、株主の財産を保護し確実に大きなものにしていくか、が大きな問題であり続けてきました。もしも経営陣が株主の利益を損なうことが許されるとすると、資本家は他人の事業に出資する気にはならないでしょう。他人がだれも出資してくれないのであれば事業を大きくするのはすべて自力で積み上げていく以外になくなってしまいますし、十分な資本金を用意できない人は、起業ができなくなってしまうでしょう。そして、現在日本政府が危機感を持ってスタートアップ企業の育成に取り組んでいることでも明らかなように、新規の起業が起こらないということは国力の衰退にそのまま直結する一大事なのです。

もちろん、株主の財産を濫用して私腹を肥やしたりすれば、刑法で罪に問われます(背任罪)。しかし、事後的に罰するだけではなく、日常の業務運営の中でそれを見張っていく方が、効果はあがるでしょう。それであれば、株主が集まって、社長をはじめとする経営陣を見張るのに最適な人を指名する方が良いでしょう。取締という言葉は江戸時代、いまでいう警察権力のような、悪党を見張ったりする役柄に使われていた言葉です。株式会社が西洋から導入され、初めて日本で作られた明治時代に、英語のDirector(指示を出す人の意味で、日本の取締役にあたる役職)にこの言葉を当てたのが誰かはわかっていないようですが、この役職の本質をとらえた、見事な訳語だと思います。

ここまで、もう一度少し正確に整理しましょう。

株式会社は、その資本金を拠出した株主をその所有者とし、株主の意に沿う取締役を株主総会で株主が選出し、選出された取締役が相互に話し合って代表取締役を決めます。現在法律で定められて固有の意味を持つのはこの取締役代表取締役です(ほかにも監査役や執行役などもありますが、ここでは割愛します)。代表取締役は会社の業務を執行するのが役目です。そして、取締役会は、代表取締役を任命し、その業務執行を監視し取り締まるのが第一の役割なのです。だから、取締役会が、社長より上にあるのです。副社長とか、専務とか常務とか、代表取締役でない取締役に役名をつけて、まるで社長を頂点とする組織の上級職であるかのように運営している会社は、株式会社の意味を本当に理解しているか、少し注意してみる必要があるかもしれません。

株主の権利と責任

そして、なぜそのような仕組みになっているのかと言えば、そのようにすることで株主の意に沿うように経営が行われ、結果としてそのような企業が勝ち残ってきた歴史があるからです。株主が、取締役選任を通じて代表取締役に経営の不断の改善を求めることは、さらに、株主総会の場だけではなく常時株主と経営陣が密接に連携をとっていくことは、嫌がらせでもなければ非常識でもありません。むしろ株主が行使すべき権利であり、行使しなければならない責任なのです。緊張感を持った経営を通じて、企業が改善され、結果として社会が活性化していくことが必要です。日本経済の再生に向けて、証券取引所が、自らの取引所に上場する企業にたいして、株主との充実した対話を求めているのは当然と言えます。かなり有力とされるようなメディアにおいてさえ、株主提案や、いわゆるアクティビストファンドの活動について、いまだに「株主が経営に口出しする」というようなトーンで語られることもありますが、そのようなメディアが、まさに日本経済の発展を阻害していることを認識すべきだと思います。

 

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